本当に好きな作品をつくるということが、本当にいい作品への近道

最近、作品作りをされているアーティストの方とお話をする機会がありました。

とても印象に残っているのが、

「他人からの評価に影響されすぎずに、自分の世界観を大切にして制作し続けることの難しさ」

という話題でした。

SNSでのいいね!の数、自分の作品が売れるか売れないか、こういった目に見える他人からの評価によって、作風などを変えたほうがいいのではないかと悩んでしまう、とその方はお話ししていました。

その気持ち、すっごくわかるなあ、わかりすぎるなあと思ってお話を聞いていました。

今、私は好きな作品を作って、それをどうやって収入に変えていくか、みたいなことを毎日考えています。

「好きな作品だけ作って食べていけるわけがない。」

「独りよがりな作品をつくっても意味がない。周囲の評価こそが大切だ。」

「世の中はそんなに甘くない。」

たくさんの人にそう言われてきたのに、無視して好きな作品だけ描いています。

それが正しいとか、間違っているとか、そういうことは置いておいて、私はそうすることが好きだからそうしています。

以前の私は周囲の評価ばかりを気にして作品を作っていました。

絵を描くのがただ楽しかった子ども時代から、人の評価ばかりをうかがって、絵を描くことが苦痛に変わっていった高校・大学時代、大人になり今の考えになるまで、制作に向かう姿勢は常に変わってきました。

でも心の底にある、本当に望んでいたことは、「いい作品を描きたい」それだけでした。私の制作の姿勢がどう変わっていったのか、今回は書きたいと思います。ちょっと長い話ですが、興味のある方は読んでくださると嬉しいです。


生意気だった子供時代

本当に小さい頃、私は放っておけば絵を描いている子供でした。親はよくありがちな反応として「この子は天才かもしれない」などと言いました。

よく覚えているのが確か5歳くらいのときのこと。私は幼稚園で「雨の日に、外を人が歩いている絵」を書いていました。はじめて絵の具を使って絵を描いた日のことだったと思います。絵の具を水で溶いた時のビシャビシャ感と、雨のビシャビシャ感が絶妙にマッチして、「絵の具面白いわサイコー!自分芸術家!」ってな気分で描いていたのでした。

そこで先生が登場。

「なんで地面が青いの?」と聞くので

私は「え?だって雨が降ってるから地面が水で濡れて青いんだよ」と答えました。

「地面は茶色だよ。みんな茶色に塗っているよ」と先生は言いました。

私はそこで何も言い返しませんでしたが、心の中で「こいつ、バカじゃん?」と思いました。もちろん描き直すこともしませんでした。

とても生意気な子供でした。でも、なんの疑いもなく自分を信じていて「お前かっこいいな」と思うのです。先生の発言によって、自分の世界観(?)を変えることもなく、すくすくと生意気な大人へと成長していくはずだったのですが・・・


洗礼その1 高校の先生の何気ない一言

絵を描くのは思春期に入ってからもわりと好きだったので、高校では美術部に入りました。

私はとても熱心な部員の一人で、誰も美術室に来ていなくても黙々と絵を描いていました。

顧問の美術の先生はとても面白い人で、優しく接してくれたので好きでした。私の絵を上手だね、と褒めてくれることもあって、嬉しく思っていたのですが・・・。

高校2年生の時、先生は「今の美術部の中で、才能があるのは〇〇さんしかいない」と、ぽろっと口に出しました。〇〇さんとはもちろん私のことではありません。

その時、自分に特別な才能があるとはこれっぽっちも思っていなかったのに、とても悲しい気持ちになったのを覚えています。心のどこかで、自分には才能があると思いたかったのでしょう。毎日部活に通って、一生懸命、しかも楽しく絵を描いていたのに、急に自分の絵が色褪せて、つまらないもののように感じてしまいました。

親に勧められて美大に行くことを決めるも、心のどこかに「私には才能なんかない。自分の絵に期待をするな」という気持ちがありました。


洗礼その2 予備校の受験地獄

美大に進学することを決めた私は、高校3年生の春から「美大受験予備校」に行くことになりました。

美大には、当然ですが普通の大学と同じように入試があります。中でも特殊なのが実技試験と言って、制限時間内に、目の前のものをデッサンしたり、課題文などを読んで、想像で絵を描く、ということをやらなければいけないのです。

ぶっつけ本番で試験に臨む人はほとんどいません。多くの人が実技試験に備えて、「特訓」をします。そのための専門の塾のようなものが、この「美大受験予備校」なのです。

まあ、この特訓がつらかった。もし集合写真を撮ったら、私の姿見えなくなってるんじゃないかっていうくらい、生きてる実感の薄い時期でした。

制限時間をはかって、本番の試験に似たような内容の課題(たとえば静物デッサンを12時間やるとか)をこなし、最後に「講評会」というものがあります。先生が生徒全員の前で、作品一つ一つに「これは合格するかも」「これは無理」みたいに言っていくというものです。

「もっとうまくなろう」「合格に近づこう」と努力しているのに、いっこうに合格しそうな絵は描けない。当時はわかりませんでしたが、理由は簡単です。

予備校で私が毎日描いていた絵は、精気がなく、何の感動も伝わってこない絵ばかりでした。

先生に言われた言葉で一番よく覚えているのはこの言葉です。

「お前の絵はな、うまいけど魅力がないんだよ。」

まさにその通りだなと思いました。

まず描きたいものがあり、その描きたいものを描いているときは夢中で、時間を忘れてしまう。そういうときに描いている絵は、上手いかどうかに関わらず、とても魅力的なものです。当時の私は、そんな状態からは程遠いものでした。

死んだおさかなのような目で、「はいはい、今日はチューリップとりんごとブロックね。並べまーす。」とぶつぶつ呟きながら静物を並べ、「描けばいいんでしょ描けば」とばかりに機械的に描き、講評会(当時、公開処刑と呼んでいました)を受け、落胆する。次の日も、その次の日も、左におなじ。

まさに暗黒スパイラルです。

キラキラした瞳で毎日絵を描き、笑顔で予備校とさよならし、憧れの大学に入学していく人もいました。でも私はこの暗黒スパイラルから抜け出せませんでした。

志望校に合格するために絵を描く、先生に褒められるために絵を描く。この思考から、一歩も離れられない自分がいました。絵が楽しくて楽しくて仕方なかったときのことを全く忘れていたのです。

私は東京藝術大学、というところを目指していました。1年浪人したのち、このままでは絵を描くこと自体を嫌いになるだろうと思いました。どうか私立大学に行かせてほしいと親に頼み込んで、入学させてもらいました。


洗礼その3 大学の講評会

大学に入ってからは、常に漠然とした不安を抱えていました。

才能なんかない私が絵を描いていていいのか。

私の絵を誰が求めているというのか。

絵を描いて食べていくのは絶対に無理だ・・・。

それでも、大学2年生くらいには「絵を描くのはちょっと楽しいかも」くらいの気持ちまで、復活していました。

大学では、自分の体よりも大きい絵を課題で描いていました。作品を2ヶ月くらいで描く期間があり、最後に教授がみんなの前でいいねとかだめだねとかって言う、例の「講評会」があるのです。

ある時、私は気分良く絵を描いていました。久しぶりに絵を描くのって楽しいなあ、と思えたのです。来る日も来る日も夢中で描いていました。

完成に近づいてきたとき、友達がその絵を褒めてくれました。とてもいいね、と。そのうちみんなが集まってきて、すごいとか、私もこんな風に描きたいとか、嬉しい言葉を言ってくれました。

友達からの評価に気を良くしていた私は、ウキウキ気分で講評会の日を迎えました。教授は2人で順番にみんなの絵を見ていきます。いよいよ私の番です。

一人の教授は私の絵を見るなり言いました。

「まあ、頑張ってるんだろうけどね」

こう言った後、もう一人の教授に「なんか言うことある?」みたいな顔でコメントを促しました。

もう一人の教授は「特に」

と言って、次の人の絵のところに行ってしまいました。

一瞬の出来事でした。

私の絵が置いてあるパーテーションの反対側で、教授が別の人の絵を絶賛しているのが聞こえました。私はその人の講評を聞きにいくこともせず、ただぼう然とその場に突っ立っていました。

講評会が終わると、教授に絶賛されていた友達の絵の周りに、みんなが集まっていました。講評会の前にはあんなに人が集まっていたのに、もう私の絵には誰も見向きもしませんでした。

教授からいい評価を受けなかったことで、自分の中でも、その絵の評価がとても低いものに変わってしまっていることに気づきました。

あんなにいい作品だと思っていた気持ちは、権威のある人の評価で、簡単にくずれちゃうんだなあ。

大学がとても楽しかったことは確かです。先生からの評価だって欲しくて、美大に入学したのも自分です。何も文句を言う筋合いはありません。でもなんとなく釈然としない気持ちを抱えたまま、卒業を迎えました。


転機は、生徒の悲しそうな顔だった

大学を卒業して、画家で食べていくのは無理だと思っていた私は、学校の先生になりました。

美術というもやもやした曖昧な教科を、どう教えたらいいかわからなかったので「いわゆる先生ぽい」と思える方法から、やっていくことにしました。

それは今まで自分が習ってきた美術の先生の真似をして、「こーしたほうがよくなるな!」と思うことを一人一人にアドバイスしていくということでした。

自分が何を言ったのか、もう覚えていないことも多いのですが、一つだけ覚えていることは、私が作品について何かコメントやアドバイスをしたことで、生徒が悲しそうな顔になったことです。

生徒は自らアドバイスを求めているわけでもないのに

「こうしてみたほうがいい」とか

「本当に好きで描いてるの?」とか

何気なく言っていました。

生徒が私の言葉にとても悲しそうな顔をしたり、

「私はこれがいいんです!」と反発してきたりして、

時間が経つにつれ、自分のやり方はおかしいんじゃないか、と思うようになりました。

私は子どもに美術を楽しんでもらうために、好きになってもらうために、教師をやっているのではなかったのか?

作品を作るのが楽しい。この作品すきだなーとか、いいなーと思う。みんなで見て作品について喋ったりするのが楽しい。それだけでいいんじゃないのかな。自分の一言や評価のせいで美術が嫌いになった人もいるだろうな。ごめん。本当にごめん。

そして初めて、

「自分だって今までずっと、自分が好きでつくっていた作品について、変えた方がいいとアドバイスをされたり、評価されたりするのが嫌だったのではないか?」

という、私の中に長年眠っていた「生意気な子供」が目を覚ましたのです。


父に「お前の絵はよくない」と言われて

先生の仕事を辞めて、好きな絵を描いて食べていこう、と決めてからは、できるだけ自分の気持ちに正直な作品を発表していこうと決めました。でも、人からの評価が気になり悶々としてしまうことがよくありました。

SNSでのいいね!の数が気になったり、コンクールでの落選にとても落ち込んだりしていました。

稼いでいくためには、もう少し作品が他人からどう見られるか考えた方がいいのかなあ・・・

そんな風に悩んでいる時に、父と電話で話す機会がありました。父は自営業をしているので、私はお金を稼ぐために、どんなことを大切にしているのか聞こうと思いました。そのとき父はこう言いました。

「お金の稼ぎ方?それよりもお前の絵はよくないから変えた方がいい。お前の絵は見ていて気分が悪くなる。せっかく美大まで行って絵が上手になったのに、良さが全く発揮されてない。部屋に絶対に飾りたくない。お前の良さが10パーセントくらいしか発揮されていない。きっと世間の人の中で、お前の絵をいいという人はほとんどいないだろう。」

で、その時思ったことは「10パーセントってなんだよwwどっから出た数字だよ」と思って笑って流したのですが、その後数日間、その言葉に苦しめられました。

父の言葉を思い出しては、何時間も考え込んだり、眠れなかったり。そこで思い切ってその言葉に対して思ったことを紙に書き出してみました。次の言葉はその感情の中でもハイライトの部分です。

「あのなあ、なんの理由があってお前に絵がよくないとか言われなきゃなんねーんだよ。お前の趣味の話じゃねーよ。好き嫌いは別にあったっていいけど、作者の分身である作品に対して軽々しくいいとか悪いとか、絶対的な真理みたいに言うなくそおやじ」

おとうさんごめんなさい。でも、これは本心でした。

そして、自分の中にあるモヤモヤが晴れたような気がしました。

本当は、自分が心から好きで描きたいと思っている絵を描いて生活の糧にしたい。それはきっと茨の道で、不安もあるけどワクワクしすぎる。だから私は他人の評価ばっかり気にするのをやめる。

で、後日今思ったことを父に直接言いました。

「お父さんが期待してくれてるのはわかるけど、今までは人の評価ばかり気にして、自分が好きだと思う絵がなかなか描けなかった。

お父さんの好みの絵がたまたま描けたら嬉しいけど、描けなくてもお父さんの好みに合わせることはないと思う。それは世間一般の多くの人に変わっても同じ。

自分が大好きで描いている絵が評価されるとは限らないけど、自分が大好きだと思ってない絵が評価されることはほとんどなかったし、あっても嬉しくない。だって自分が作る意味なんてないから。

仕事がうまくいかなかったら、売り方や伝え方を変えるっていうのはあるかもしれないけど。いざとなったらその時考える。自分の選択を後悔することはないと思う。

心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから、どうか見守っていてほしい。」

父は納得したみたいなしてないみたいな顔をしていましたが、「そこまでの覚悟ができてるなら、頑張れよ」と言ってくれました。とても嬉しかったです。

親というのは、子供に苦労させたくないとか、まっとうな人生を歩んでほしいとか、そういう気持ちでいろいろ言うのだと思います。子供としては、親に認められたいという一心で頑張っていたけれど、もうそろそろそんな気持ちを手放してもいいのかなと思いました。父からはアドバイスの内容はさておき、愛情だけ受け取っておくことにします。

そして私も、親心と言っては聞こえのいいたくさんのおせっかいを、生徒にしてしまったことを思い出すのでした。いまごろ私のことを「くそばばあ」と罵って、元気に作品を作ってくれているといいなあと、心から願います。


本当にいい作品を作ることへの近道

この父との一件で、幼稚園の頃の「生意気な子供」は完全復活を遂げました。誰が何を言おうと描いてやるぜ好きなものを。そんな気持ちで日々を過ごしています。

自分の中で決めたことは、「作品を褒められるのは嬉しい、でもそれを目標にするのはやめよう」ということです。他人からの評価という洗礼を受けて、いつの間にか自分の気持ちをないがしろにしていたことに気づきました。

「本当にいい作品をつくる」への近道、それは「自分が本当に好きな作品を作ること」だと思っています。

完全に満足のいく作品をつくったことはありません。いつでも何かしら課題は残ります。でも、胸を張って「この作品、大好きで描いたんです。描いてる時楽しくて楽しくてたまらなかったんです」言える作品を作ることは、本当にいい作品をつくることに繋がると考えています。

ビジネス、という視点で考えると、売れるか、売れないかという考え方が必要で、ちょっと難しいようにも感じます。世の中の需要を考えることも大切です。でも結局は「人の心を動かす」ことがお金の流れを生むのですから、まずは「自分の心を動かす」作品をつくるというのが一番大切です。

と、いいつつ、本当に好きな作品だけを作るのは難しく、「ゔゔ・・・しょーもないものをつくってしまった」と思うこともあります。でも、褒められようとはしてないので、ヒジョーに気が楽です。

まだまだ修行が足りないけれど、ま、楽しくやっていこう!

とのんきに考えているのでした。

長い話を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

【今日のまとめ】
・最近は「他人がどう思うかじゃなくて自分がいいと思ってる作品作った方がいい作品になって楽しいでしょ」と思ってます。
・クソバイスしてしまった人には、本当にごめんなさい。
・褒められたらやっぱり嬉しいです!にんげんだもの。

投稿者: 清野 ちさと

清野ちさと(せいのちさと) 埼玉県に住む32歳女性。絵描きでオリジナル雑貨のお店「鳩棲舎(きゅうせいしゃ)」の運営もしています。 夫と2人暮らし。趣味は人間の心について考えること。好きな動物は、鳩、猫、ふぐ。

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